会社概要
Company Info
History
成り立ち
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- 1930
- 昭和5年
台南市に生まれる。實國民学校卒業。
台湾・台南市に生まれ、少年期を台湾で過ごす。
多文化環境の中で育った経験は、後年の国際的な視野や異文化への理解の基礎となった。
實國民学校卒業後、社会に出ることを志し、日本への強い関心を抱くようになる。 -
- 1950
- 昭和25年
来日、神戸にて薬品の仕事に携わる。
武田薬品等と取引。戦後間もない時期に来日し、神戸にて薬品関連の業務に従事。
武田薬品をはじめとする日本有数の企業との取引を通じ、商取引の基礎と日本の商習慣を学ぶ。
日本経済の中心地・東京日本橋への強い憧れを胸に、さらなる飛躍を目指して上京する。 -

- 1953
- 昭和28年(23歳)
萬國貿易㈱設立。
23歳の若さで東京日本橋に萬國貿易株式会社を設立。
日本とアジアを結ぶ貿易事業を志し、独立を果たす。戦後復興期の厳しい環境の中でも、
誠実な取引姿勢を貫き、着実に事業の基盤を築いていった。津村順天堂の中将湯バスクリン等を台湾に輸出。
日本の医薬・日用品の品質の高さに着目し、津村順天堂の中将湯バスクリンなどを台湾へ輸出。
日本製品への信頼を現地に広めるとともに、日台貿易の発展に寄与した。台湾の生鮮バナナ、台湾・マレーシアのパイナップル缶詰の輸入を開始
縁を大切にする姿勢から現地との信頼関係を築き、台湾産バナナや台湾・マレーシア産パイナップル缶詰の輸入事業を開始。
農産物分野における日本と東南アジアの架け橋としての役割を本格的に担うようになる。マレーアパイン缶詰日本総代理店。
5月11日、昭容夫人と結婚。マレーシア産パイナップル缶詰の日本総代理店となり、事業の安定と拡大を実現。
同年5月には昭容夫人と結婚し、公私ともに大きな節目を迎える。
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- 1962
- 昭和37年(32歳)
台湾津村順天堂有限公司設立に協力。
これまで培った信頼と実績をもとに、台湾における津村順天堂現地法人の設立に協力。
日本企業の海外展開を支える存在として、国際ビジネスにおける役割をさらに広げた。
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- 1971
- 昭和46年(41歳)
台湾津村順天堂有限公司設立に協力。
これまで培った信頼と実績をもとに、台湾における津村順天堂現地法人の設立に協力。
日本企業の海外展開を支える存在として、国際ビジネスにおける役割をさらに広げた。 -

- 1974
- 昭和49年(44歳)
明治製菓シンガポールの設立に協力。
日本を代表する食品メーカー・明治製菓のシンガポール進出に協力。
食品分野における豊富な知見とネットワークを活かし、アジア市場での事業基盤づくりに貢献した。 -

- 1988
- 昭和63年(58歳)
タイ THAI SOON FOOD PRODUCTS 社設立(代表)。
タイにて THAI SOON FOOD PRODUCTS 社を設立し、代表に就任。
日本市場のニーズを熟知した経営者として、品質と安定供給を重視した食品生産体制を築いた。台湾のトマト缶詰、竹の子缶詰工場を移設。
既存の生産拠点を見直し、台湾のトマト缶詰・竹の子缶詰工場を移設。
効率化と品質向上を図り、国際競争力の強化を進めた。
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- 1997
- 平成9年(67歳)
インドネシア FAIRTECK HOLDINGS 社と
日本地域の販売代理店契約を締結。インドネシアの FAIRTECK HOLDINGS 社と日本市場における販売代理店契約を締結。
晩年に至るまで現役として国際ビジネスの最前線に立ち続け、アジアと日本を結ぶ架け橋としての役割を果たし続けた。



